ARNYS Forestière ― Appointment Only
"KENZO(ケンゾー)"は1970年に高田賢三によってパリで設立されたブランドです。
当時のパリモードはクチュール由来の構築的な服作りが中心でしたが、高田賢三はそこへ異なる価値観を持ち込みました。特徴は民族衣装やワークウェア、ミリタリー、スポーツウェアなどを横断しながら再編集する手法にあります。
特にメンズラインであるKENZO HOMMEは、テーラードを基盤とするフランスの既存メンズブランドとは異なり、身体を強く補正するのではなく、生地そのものの動きを活かす設計を得意としていました。
そのため素材選定と色彩設計が非常に重要な役割を担います。
本個体もまさにその文脈の中で理解すべき一着です。
高田賢三は文化服装学院出身でありながら、ヨーロッパ的な服飾史だけではなく、日本の衣服構造にも深い理解を持っていました。特に着物に見られる「身体を包む発想」は、KENZOの多くのメンズウェアに反映されています。
肩線を強調せず、生地量によってシルエットを形成する考え方です。本個体にもその特徴が現れています。
シルクという流動性の高い素材を選択しながら、過度なフィットを与えず、生地が自然に身体の周囲へ落ちる構造になっています。
90年代前半から中頃にかけて、メンズウェアは大きな転換期を迎えていました。80年代のパワースーツ文化が終焉を迎え、肩パッドや極端なウエストシェイプは徐々に縮小していきます。
一方でアルマーニは流動的なソフトテーラリングを推進し、ジルサンダーはミニマル方向へ進みました。
その中でKENZOは色彩と素材による差別化を行います。黒やネイビーではなく、生成りやベージュ、ペールイエローなどの自然色を多用したのです。この色使いは単なる装飾ではありません。
シルクやリネンなど天然素材の表情を最も視認しやすい色域だからです。
このシャツを見た際にまず注目すべきは、「シルクシャツでありながらドレス方向へ寄せていない」という点です。同時代のイタリアブランドでシルクシャツといえば、ヴェルサーチやフェレに代表される光沢感の強いラグジュアリー路線が主流でした。しかし本個体は異なります。
襟型は小ぶりなレギュラーカラー。
胸ポケットを配置。
背面はセンタープリーツ。
全体構造は極めてベーシックです。
つまり素材のみを特別扱いせず、日常着として成立させることを前提に設計されています。ここにKENZOらしさがあります。
高価な素材を特別な服へ変換するのではなく、日常的な構造へ落とし込むことで素材本来の性能を引き出そうとしているのです。
本個体最大の特徴はピュアシルク生地です。
一般的にシルクは光沢ばかりが語られますが、本質は繊維構造にあります。
シルクは極めて細いフィラメント繊維で構成されており、一本の繊維長が非常に長い。
そのため織り上げた際に表面が均一になりやすく、肌との接触面積が少なくなります。結果として吸湿性と放湿性が高くなり、夏場でも蒸れにくくなっています。
ペールイエローという色も合理的です。
シルクは光の反射率が高いため、濃色では陰影が強く出ます。
しかし淡色では繊維表面の微細な凹凸が視認しやすくなり、生地組織そのものが美しく見えるのです。
このシャツは90年代らしく全体にゆとりがあります。ただし単純なオーバーサイズではありません。
背面ヨーク下のセンタープリーツが非常に効いており、肩幅で生地量を確保するのではなく、背中に余剰分を集約することで運動量を生み出しています。
結果として腕を前へ出した際の突っ張りが少ない。さらにシルクは重量に対して柔軟性が高いため、生地量が増えるほどドレープが発生します。このゆとりは快適性だけでなく、生地の落ち方を最大化するための設計でもあります。アルマーニがジャケットで行っていた流動的なシルエット形成を、シャツというカテゴリーで実践しているとも言えるでしょう。
胸ポケットは実用品としての名残だけではありません。
シルク生地は視覚的に面積が広く見えやすいため、前身頃が単調になりやすい。そこでポケットを配置することで視線を分散させています。
さらに刺繍ロゴは極めて小さく、90年代後半のロゴ主張型ブランドとは対照的で、ブランド名より服全体のバランスを優先した設計です。
またラウンドした裾も非常に収まりが良い。
本来シャツをタックインするための仕様ですが、90年代にはアウトで着用するケースも増加しました。この深いラウンドは両方の着方へ対応するための設計であり、実用性を損なわずに着用選択肢を広げています。
90年代のメンズウェアが構築性から流動性へ移行する過程の中で、KENZOがどのような回答を出したのかを示す資料として非常に興味深い一着です。
ピュアシルクの選択、ペールイエローという色彩設計、背面プリーツによる生地量の調整、過度な装飾を避けたディテール構成。その全てが連動し、生地の物性を最大限活かす方向へ設計されています。
高価な素材を誇示するためではなく、素材の性能を日常着へ転換するための構造。
そこに90年代KENZO HOMMEの立ち位置と、この個体が現在も評価され続ける理由を見ることができます。
■size(cm)
表記サイズ:4
肩幅52.5/身幅65/着丈78/袖丈65.5
■textile
Shell:Silk100%
■model
■condition
綺麗な状態です。
その他は画像をご確認下さいませ。
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