エルメスがまだ"服飾のラグジュアリー"という概念そのものを静かに耕していた1980年代。
馬具工房としてのルーツを色濃く残しながらも、生活と衣服の境界線を洗練させていった過渡期のエルメスには、今では考えられないほど密度の高い"一点物のような佇まい"が宿っています。
本品 は、その時代の空気を最も誠実に伝える一着と言えるでしょう。

まず目を奪うのは、エルメスが選び抜いたラムレザーの質感です。
80年代のエルメスは、とりわけレザーへのこだわりが強く、現代のように安定した供給ラインが確立される以前だからこそ「本当に良い革だけでつくる」という贅沢な姿勢が貫かれていました。
本作に使われているラムレザーは、その理念を端的に示すもの。
手に触れた瞬間に吸い付くような滑らかさ、わずかに浮かぶ自然な艶、層として感じられるしなやかさ。そのすべてが、エルメス基準を超えた“素材の静かな説得力”となっています。
レザーの厚みも絶妙です。
重厚過ぎず、かといって軽過ぎない。身体に沿う柔らかさを持ちながら、日常の動きにしっかり応える耐久性を備えています。
着込むほどに深まる艶と皺は、まさに"育つレザー"。
年月とともに表情が変わり、美しさが濃くなっていく——本来のレザーウェアが持っていた喜びを、久しく忘れていたことに気づかされます。

デザインは徹底してミニマルです。
装飾的な要素は削ぎ落とされ、全体に漂うのは「道具としての美」。
このスポーツジャケットには、派手さも奇抜さもありません。
しかし、それこそがエルメスの哲学であり、最も難しい表現でもあります。控えめに整えられた襟元、滑らかに走るジップライン、ポケットに配された革引き手のさりげない上質さ。
どれも声高に主張せず、それでいて一つ一つが確かな存在感を持っています。

また、スポーツジャケットというカテゴリーでありながら、漂う空気はあくまで上品。
アウトドア的な無骨さではなく、都会生活に溶け込む"軽やかな緊張感"が宿っています。
シルエットはわずかに余裕を持たせたラインで、年代特有の丸みを帯びた肩の落ち方や、ふっくらとした袖の表情が魅力。
現代のミニマルなワードローブにも違和感なく馴染み、同時に80年代エルメス独自の温度を確かに感じさせてくれます。

裏地の処理やステッチワークの細かさを見れば、当時のエルメスがいかに時間と手間を惜しまず服を作っていたかが伝わるはずです。
大量生産の効率よりも、職人の手と目を優先していた時代。
縫い目一つ、革の張り合わせ一つが、単なる技術ではなく「作品としての誠実さ」に繋がっていました。

80年代のエルメスのレザージャケットは市場にほとんど残っておらず、その多くが使い込まれたのち役目を終えています。
良いレザーは人の生活にしっかり寄り添い、残りません。
その宿命ゆえ、コンディションを保ったまま現存する個体は非常に希少です。
本作のように上質なラムレザーが当時の息づかいを保ったまま現代に届くのは、偶然に近い出来事でしょう。

エルメスの価値とは、ロゴの強さではなく「静かな圧倒」。
語られない部分に宿る、長く寄り添うための技術と誠実さ。このジャケットはまさにその象徴です。
肩の力が抜けた佇まいでありながら、袖を通すと気持ちが整う。
日々を共にするうちに、装いではなく"自分自身"が洗練されていくような感覚を与えてくれるでしょう。

80年代という特別な時代の温度と、エルメスの本質が最も深いところで交わった一着。
服という枠を超えて、所有者の時間とともに価値を増していく、本物のレザージャケットです。

■size(cm)
表記サイズ:50
肩幅49/身幅63.5/着丈66.5/袖丈67

■textile
Shell:Lamb Leather
Lining:Wool

■model

■condition
全体的にシミがございますが、破れ等ございません
その他は画像をご確認下さいませ。

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