ARNYS Forestière ― Appointment Only
1997年秋冬、Véronique Nichanianが手掛けた"HERMÈS(エルメス)"の6ボタンジャケット。
HERMÈSのメンズウェアを見ていくうえで、個人的に最も惹かれるのが1990年代の天然繊維を用いたテキスタイルです。レザーというメゾンを象徴する素材が存在する一方、この時期のウール、カシミヤ、アルパカ、アンゴラといった天然繊維を扱ったプロダクトには、それとはまた異なるHERMÈSの素材に対する執着を見ることができます。
本品は、その魅力が非常に分かりやすく現れた一着。
表地にはAngora 50%、Wool 35%、Cashmere 15%。アンゴラを半分という高い割合で使用し、そこへウールとカシミヤを組み合わせています。
まず目に入るのは、一般的なウールジャケットとは明確に異なる表面です。細かな毛足によって輪郭がわずかにぼかされ、生地の表面には柔らかな陰影が現れています。しかし、単純に毛足の長い柔らかな生地というわけではありません。生地そのものには細かな縦方向の織りが確認でき、アンゴラやカシミヤの柔らかさの中に、ジャケットとして形を保つだけの芯が残されています。
アンゴラ50%という数字だけを見ると、より毛足の長いふわりとした質感を想像しますが、本品ではそれを過度に表へ出していません。ウールによって組織を安定させ、カシミヤによってしなやかさを補うことで、三種類の天然繊維それぞれの性質が一つの生地の中で静かに作用しています。
色は深いモスグリーン。ブラックに近い落ち着きを持ちながら、光が当たった部分では僅かに緑が浮かび上がる非常に奥行きのある色です。起毛した表面と細かな織りによって場所ごとに色の見え方が変化し、無地でありながら均一には見えません。
この生地については、写真以上に実物を手にした際の情報量が多いというのが正確でしょう。
HERMÈSの1990年代のメンズウェアには、派手な装飾ではなく、素材そのものをデザインとして成立させた服が数多く存在します。本品も、まさにその延長線上にある一着です。
設計は6ボタンのシングルブレステッド。一般的な2ボタンや3ボタンのテーラードジャケットと比較してフロントのボタン数を増やしながらも、堅苦しいジャケットには見せていません。
襟はテーラードを基礎としながら、ゴージ位置やラペルを鋭く強調するのではなく、全体に丸みを持たせた穏やかな設計。肩も過度に構築せず、身頃から袖まで自然につながっています。
特に印象的なのが、フロントに配置された三つのパッチポケットです。
左胸に一つ、腰位置に左右一つずつ。
フラップや玉縁といった装飾的な処理を加えることなく、本体と同じ生地をそのまま載せるように設けられています。角には緩やかな丸みを持たせており、ジャケット全体の柔らかな輪郭とも自然につながっています。
一見するとカントリージャケットやワークジャケットにも通じる極めて単純な構造ですが、そこにこのアンゴラ、ウール、カシミヤの生地を使用することで、全く異なるものへと仕上げています。
実用服のような構造に、極めて贅沢な素材を与える。
このバランスこそ、当時のVéronique NichanianによるHERMÈSのメンズウェアを象徴する部分のひとつだと思います。
袖口には4つのボタン。フロントと同様、艶を抑えた深い色調のボタンが用いられ、表地のモスグリーンへ自然に馴染んでいます。ボタンやポケットによって視覚的なアクセントを作るのではなく、あくまでも生地の質感を中心に全体を成立させています。
そして外側の抑制された色調に対して、内側には鮮やかなグリーンのライニング。
Rayon 100%の裏地には"HERMÈS"の文字が織り込まれています。
外側の深く沈んだモスグリーンから、ジャケットを開いた際に初めて現れる青みを含んだ鮮やかなグリーン。この表裏の色の差も非常に美しく、外側だけを見ている時とは全く異なる印象を与えます。
内ポケットの縁には表地を用い、裏側まで丁寧にまとめられています。
1997年秋冬。
この時期のHERMÈSには、カシミヤやウールを中心とする天然繊維のテキスタイルに、現在見ても驚かされるようなものが存在します。
それは単純に高級素材を使っているという意味ではありません。どの繊維を、どの程度の割合で組み合わせ、どのような組織にして、最終的にどのような服へ落とし込むのか。
本品の構成も、その一例です。
アンゴラの柔らかな毛足、ウールの安定感、カシミヤの滑らかさ。それらを深いモスグリーンの一枚の生地へまとめ、極めて簡潔な6ボタンジャケットとして仕立てています。
デザインだけを取り出せば、決して複雑な服ではありません。
むしろ構造は驚くほど素直です。
だからこそ、このジャケットではテキスタイルの存在感がそのまま服の魅力になっています。
Véronique NichanianによるHERMÈSのメンズウェアの中でも、天然繊維のテキスタイルが素晴らしい1990年代。
その魅力を、素材、色、仕立てのすべてから感じることのできる97AWの一着です。
■size(cm)
表記サイズ:48
肩幅48/身幅57/着丈77.5/袖丈60
■textile
Shell:Angora50% Wool35% Cashmere15%
Lining:Rayon100%
■model
■condition
とても綺麗な状態です。
その他は画像をご確認下さいませ。
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