ARNYS Forestière ― Appointment Only
ミウッチャ・プラダが手掛けた2000年代の"PRADA(プラダ)"におけるデザインの真髄は、ラグジュアリーという概念を既存の枠組みから解き放ち、そこに冷徹なまでの知性と、矛盾するような温かな人間臭さを同居させた点にあります。この一本は、一見すると極めてミニマルで抑制された黒のスラックスですが、その細部にこそ、ミウッチャが長年かけて探求してきた「テーラリングへの深き造詣」と「スポーツウェア的感性」という二つの相反する極が、驚くべき均衡で成立している様が見て取れます。
プラダというブランドの歴史を紐解くと、1913年の創業から続く王室御用達のレザーグッズメーカーとしての背景と、1978年にミウッチャ・プラダが指揮を執り始めてからの劇的な変貌が重なります。その過程において、彼女はナイロンという機能的素材をオートクチュールの文脈に引きずり込み、スポーツウェアの持つ機動性や日常性をラグジュアリーと接続させたのです。しかし、そのスポーツウェアの躍動感の背後には、常にクラシックなイタリアのサルトリア技術が息づいています。彼女にとってのテーラリングとは、単に古臭い伝統を守ることではなく、過去の知恵を現代というフィルターを通して再構成し、そこに新たな意味を付与する作業なのです。
本スラックスに配されたサイドフックは、このプラダというブランドの歴史的引用の遊びを象徴する極めて象徴的なディテールです。ベルトで腰を締め、あるいはトラウザー自体の設計でサイズを合わせる現代において、このパーツは本来の目的である「腰回りの微調整」や「サスペンダーの固定」という役目を終えた、純然たる装飾へと退いています。しかし、ミウッチャはあえてそこに目を付けました。かつてのメンズウェアが持っていた、構築的で厳格な様式美を、意図的に「意匠」として取り入れたのです。視覚的・概念的な強度において、このフックはスラックス全体の品格を決定づける重要なピースとなっています。
さらに、このプロダクトの深層を語る上で避けて通れないのが、フロントのボタンフロントという選択です。ジップフライが普及し、利便性が何よりも優先される現代の大量消費社会において、あえて手間のかかるボタンフライを採用することは、PRADAというブランドの妥協なきテーラリングへの視点を雄弁に物語っています。ウエストから股下にかけてのフロント部分の生地の重なりを厚くし、シルエットを強固に保つための設計であり、ジップとは異なり、ボタンは一つひとつが独立して生地を支えるため、着用者の身体の動きに合わせて柔軟に追従し、かつ構築的なラインを崩さないという利点があります。
このスラックスを手に取ると、ナイロンのバックパックを背負いながらも、内側には上質なウールを纏うという、プラダ特有の知的な矛盾が感じられます。それは、スポーツウェアという現代のユニフォームが持つ「機能性」と、テーラリングという文明の「様式美」を、一つの黒いキャンバスの中で融合させようとする試みです。
一見すると目立たない黒のウールスラックスでありながら、その背後には数百年のメンズウェアの歴史と、それを現代のモードという戦場に引き戻したミウッチャの知的な強靭さが詰め込まれています。
サイドのフックが語るクラシックへの敬意、ボタンフライが語る構築的な視点。それらはすべて、プラダが何者であり、どこへ向かおうとしているのかを無言のうちに伝えています。
このスラックスは、現代を生きる私たちの日常に、過去の知恵を宿した小さな贅沢をもたらしてくれるのです。ミウッチャの仕掛けたこのデザインの対話は、何十年経っても色褪せることなく、その本質的な価値を証明し続けています。
プラダというブランドが、なぜこれほどまでに多くの人々を惹きつけてやまないのか、その理由は、こうした細部に宿る「妥協なき知性」の中にこそ見出すことができると言えるでしょう。
■size(cm)
表記サイズ:50
ウエスト86/裾幅20.5/股上26/股下73/総丈99
■textile
Shell:Wool100%
■model
■condition
着用感はございますが綺麗な状態です。
その他は画像をご確認下さいませ。
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